「コロナの感染を止めることは難しいので、ピークをコントロールし、最終的に、ゆっくりとみんながコロナに罹ることによって、集団免疫を獲得しよう」
いわゆるピークカット&集団免疫戦略とよばれるものだ。
先日英国のジョンソン首相がこの路線をとることを表明し話題になった。
私はこの戦略が最終的に破綻し、より多くのコストを払うことになるだろうことを2月の始めから繰り返しツイッターで書いてきた。しかしながら、いまだ多くの政治家やブロガー、識者ですらピークカット&集団免疫路線を支持していていることに驚きを隠せない。
なぜピークカット戦略が破綻するのか。なぜ最終的なコストが高く付くのか? 多少長いが、できるだけシンプルに書いたので最後まで読んで欲しい。
ピークカット戦略(集団免疫)とはなにか?
(出所:厚生労働省)
まずは、ピークカカット戦略(集団免疫)について簡単に説明する。
ピークカットとは、医療崩壊を起こさないように、感染の爆発を防ごうという戦略である。これ自体には何の異論はない。なんにしてもピークカットを行うことは前提である。ただし、そのゴールが違う。
中国は強烈な押さえ込みで新規の患者を短期でゼロにしようとしている。ピークカット戦略では、これとは異なり、流行を医療キャパシティ以下に上手にコントロールしつつ、長期的には、ゆっくりと国民の70%程度*をコロナに罹患させ、そうすることで、集団免疫を持って終息を狙うものである。ピークカットと集団免疫をセットで考えるのが特徴である。共生戦略という呼び方もあるが、同じである。
この戦略は上記の図で示される。細いピンクのカーブが何もしないときで、太いカーブがピークカットだ。これは良いアイデアのように見えるが、これは一度選択したら元に戻れない地獄への道であることを示す。
ピークカット(集団免疫)戦略のワナ
2つある。このエントリの趣旨である。
i) 医療キャパシティがふんだんにあるように見えてしまっていること
よくあるポンチ絵では医療キャパは余裕をもって書かれており、グラフの真ん中あたりに線がある。しかし実際のキャパは図で示されるより、遥かに小さく、ボトムに張り付いている。具体的にいうと国民の0.96%が同時に罹患すると医療崩壊を起こす。
ii)ピークカットする期間が、実に短く見えてしまっていること
ポンチ絵では、ピークカットで先延ばしに見える期間が明示されていない。多くのひとがこれを数カ月と解釈している。しかし、計算すると必要なピークカット期間は最低でも36ヶ月である。実際はこれより遥かに長い時間がかかるだろう。
順番に解説する。
人工呼吸器というボトルネック
新型コロナに関してデータによれば、80%が軽症で何もしなくても自然治癒する。20%は何らかの処置を必要とする。いわゆる重症化だ。
重症化は、2つの度合いがある。ひとつは、治療は必要だが通常の病棟で対応可能なもの。これが全体の15%である。
もうひとつは、ICUが必要なケース。具体的には肺炎が広がり、呼吸に障害が出るケースである。適切な呼吸管理=人工呼吸器などの補助がなければ、生命があぶない。これを「重篤化」と表現されており、5%が相当する。
そして最終的な致死率は1%前後である。
まとめると
80% ・・・軽症
15%・・・重症だが、薬の投与で回復
5% ・・・人工呼吸器が必要
(1% ・・・死亡)
キーは、1%と5%の差にある。
もし人工呼吸器が十分あれば、死亡率は1%(またはそれ以下)に収まる可能性が高い。呼吸管理できれば回復の見込みがある。実際に日本では、人工心肺まで持ちだして治療しており、命を救っている。
しかし、人工呼吸器が足りなくなったらどうなるだろうか。自力呼吸が危うい状態になった場合、どんなに若かろうが、免疫力が強かろうが、呼吸器の補助なしに回復することは無いと聞く。つまり、人工呼吸器がないために、助かるはずだったが死んでしまう。
これにより、死亡率が重篤者と同じ率にまで跳ね上がる。つまり死亡率は5%になる。いまイタリアでおきていることはこれであり、中国で若い人が多数死んだのもこのせいである。
日本の病床は十分たくさんあるから(90万)大丈夫ではないのだ。本当の医療のキャパシティは、病床数ではなく人工呼吸器の数にある。これはどれだけ強調しても強調しすぎることはない。
これに気づいたのか、直近になり全国の人工呼吸器の数の調査が急遽おこなわれた。サンプル調査であるが、そこから総数を推計できる。私の推計では、全国で、現在存在する人工呼吸器※の数は、9万7千。うち現在利用可能な数は、約6万と推計される。
※人工呼吸器=人工呼吸器+マスク専用呼吸器+人工心肺(ECMO)
国民の0.96%が同時に罹患しただけで医療崩壊する
医療崩壊を起こさないためには、6万の人工呼吸器でまかなえるだけの患者数以下にコントロールする必要がでてくる。
これは具体的にどのくらいだろうか?計算してみよう。
人工呼吸器を必要とするケースが5%あるのだから、
60000 ÷ 5% = 121万人
の感染者であれば同時に医療がさばくことができる。
121万人は、人口の0.96%である。これがピークカット戦略で一度に罹患できる理論最大値だ。
ピークカットの期間は36ヶ月にも及ぶ
さて、医療崩壊を起こさないためには、(最大値で)一度に0.96%の国民までが罹患できることがわかった。
集団免疫を獲得するゴールは、国民の70%程度が罹患する必要があるとされている。そこで、集団免疫が獲得できるまでの期間を計算する。
重篤者は15日で人工呼吸器から回復できるとする。すると、人工呼吸器が1ヶ月に2回転できる。つまり、0.96% * 2 = 1.92 %/月 を捌くことができるといえる。この数字をつかって、
70 % ÷ 1.92% = 36.4 ヶ月
である。
実際のピークカットの図はこうなる
(出所:“Flattening the Curve” is a deadly delusion)
以上の結論から、実際のピークカットの図は上記のようなものになる。
・医療のキャパは、遥かに低く、グラフの底辺のほうにちょっとだけしか存在しない。
・ピークカットの期間は、長期に及ぶ。
きわめて平坦で、ほとんど横に伸びきったような図になる。これはみなさんが目にしているポンチ絵の図解とはだいぶ違うだろう。
もちろんこの図も、完全ではない。真ん中が大きくなるのではなく、左が大きいロングテール型になるが、期間が長いという論点は変わらない。
ピークカット論の問題点
ピークカット戦略の主な問題点を、5点を簡潔にあげよう。
第1に 死者数。
集団免疫がどのくらいの%で得られるのかについては、パラメータとシミュレーション次第で様々なものがあり、現時点でこれといった数字はない。イギリスはやドイツは国民の60%〜70%程度が罹患すれば、免疫が得られると発表している。
これをこのまま日本に適用すれば、
12600万人 * 70% * 1% = 88.2万人
この死亡者を始めから許容する戦略になる。
死亡率についてはもちろん議論があるが、仮に半分以下だとしても、44万人が死亡する。この数字は社会が許容できる範囲を超えている。
なお、ピークカット自体に感染の低下効果があるから、その具合によって想定の70%以下で集団免疫が得られる。その数字がいくつになるかはやってみたいとわからないが、いずれにしても、早期の収束よりも、死者数が多くなるのは間違いない。
第2に、ピーク時のコントールが本当にうまく行くかは疑問である。
まず、医療キャパの絶対値があまりに低い。0.96%は全てが完璧かつ、100%稼働を想定した理論上限であり、机上の数字もよいところだ。実際には、そんな状況はありえないので安全マージンを取ることになる。安全マージンを考えれば、実際の上限はこの半分から1/5といった数字になるだろう。
とりわけ、地域に平均して呼吸器が存在するわけではないから、局所的に集団感染などがおこると、一時的にでもこの数字は簡単に超えることになる。そのためにも安全マージンは必須だ。
なお長期的には医療のキャパを向上させることも可能だ。人工呼吸器の配備を増やすなどの対策はすぐ打たれるだろう。ただ短期に10倍になるといったイメージは湧きにくく、さらに機械はふえても医療従事者はもっと増やすのが難しい。
第3に、36ヶ月という数字は、国民の想定よりも遥かに長いということだ。実際には、医療キャパの安全マージンが必要だ。仮にマージンを2〜5倍とるとすると、その分だけ長期化する。76〜180ヶ月だ。長期戦になる。
忘れてはならないのが、ピークカット期間も抑制策は必要だ。休校や大規模イベントの自粛、人との接触を避けるといった基本政策は継続せざるえない。かといって、経済がまわらないからと、抑制をやめて経済活動を元にもどしてしまえば、ピークを超える感染がおこり医療崩壊がおきてしまう。
国民は、このようなジレンマの状況を、長期間(36ヶ月〜)もおこなうことは想定していないだろう。
第4に、このピークカット戦略は薄氷を踏む戦略だ。指数関数的な感染は人為的なコントロールが難しく、どれだけうまくやっても、いくつかの失敗例はおきるだろう。小規模な医療崩壊が何度かおこることは覚悟しなければいけない。
イタリアのケースが典型例だ。こうした状況に人間はたえられないだろう。経済以前に、社会が崩壊してしまうだろう。経済優先をやろうにも、前提である社会が崩壊してしまえば、経済も何もないだろう。
イタリアでは、結局中国並みの外出規制などをせざるえなくなってしまっているとも聞く。早かれ遅かれこういう状況に追い込まれるのであれば、はじめからやったほうが良い。
第5に、ピークカット戦略は、後戻りができないだろうという点だ。
患者数が増えればふえるほど、医療崩壊に至らない数であっても、もう一度、封じ込めに戦略を転換することはどんどんむずかしくなるだろう。戦略を転換するコストは、社会的にも、金銭的にも莫大なものになるだおう。
結論
以上の考察から、ピークカット論は一見するとうまくいきそうであるものの、実際には、地獄への道であることを示した。
では、どのようにすべきだろうか。
私はまず第一に封じ込めを諦めるべきではないと考える。
封じ込めとは、新規の患者をゼロにする。つまり根絶という意味だ。※3
希望は2つある。
ひとつ。中国はコロナの震源地であり初動に失敗したものの、現在では封じ込めに成功し、新規の患者数がゼロに近づいている。もちろん社会的なコストは膨大であるものの、あそこまでやれば、封じ込めることができるという前例を示した。
封じ込めは一度に多くの代償を払うが、あとになって振り返ったときに、もっとも安上がりで済むだろう。損失を最小化できるといえる。
ふたつ目。おそらく新型コロナは季節性ではない。なぜなら自然宿主が一般的な動物ではないと推測されるからだ。おそらくコウモリや、SARSの場合のハクビシンなどの生物だろう。なぜこれが大事なのか。
季節性インフルエンザの場合は、冬の間ウイルスは渡り鳥や家畜といったごく一般的な生物のなかで維持され、再び人間に感染する。これがインフルエンザが季節性で再来する要因であるとともに、根絶が不可能な理由だ。家畜を全てなくすことはできないからだ。同様に、蚊やネズミが媒介する病気も根絶は不可能だ。
しかしハクビシンやコウモリとの接触を少なくすることはできる。これは、一度新型コロナを根絶させれば、再流行しないかもしれないという根拠だ。
これは重要な違いである。もしインフルエンザのように原理的に根絶が不可能であれば、毎年の医療キャパシティをコントロールするピークカット戦略をとらざるえない。しかし、再流行しない可能性があるなら、封じ込め=根絶を目指さない理由はない。
いまのところ、新型コロナの発生源が一般的な生物であるもしくは、家畜やペットに新型コロナが感染るというエビデンスは見つかっていない。これは希望だ。(なお、香港でコロナが犬に移ったかもしれないというニュースが一部で注目を浴びたのは上記の理由からである)
最後に
ピークカット論を汲みせず、いますぐ封じ込めをしよう。
いまの日本の状況は、多くの人が自主的に自宅にいて、中国のように強制力をつかわずに良い方向性にむかっている。だから、このまま気を緩めず、新規患者ゼロになるまで、これを続けよう。
あと数ヶ月の辛抱だ。もし、日本が民主主義の枠組みのなかで、自主的に根絶に成功したならば、世界の模範となり、多くの国に希望をしめすことになるだろう。
新型コロナと戦うには、ひとりひとりの行動がすべてである。
過度に恐れない勇気を持とう。
と、同時に、今は、家にとどまる勇気を持とう。
STAY HOME NOW。
もう一度、
STAY HOME NOW。
(追記2)用語について
指摘が多い部分を書いておきます。
このエントリでは、封じ込め策の意味として、「集団免疫が得られる以前に、渡航制限、自宅待機や集会禁止・クラスタつぶしなどの積極的な介入により、再生産数をR<1にすることにより、収束させる」と考えています。R<1まで早期に持ち込むというのがコンセプトになります。
一方、医療崩壊がおこらない程度でRをコントロールするのがピークカット&集団免疫作戦です。Rは1以上であってもコントロール可能であれば良いとします(ホントにそれができるの?というのが本エントリの趣旨ですが)。Rが1以上でも再生産数が減れば、集団免疫が得られる罹患%は低下します。集団免疫が得られていくとRは更に低下し、いずれR<0となり収束します(この期間が非常にながく国民の想定をこえているのでは?というのがもうひとつの趣旨です)。そのため、完全放置よりもピークカットした場合のほうが総患者数・死亡者ともに減ります。当初記事では同じとしていましたが訂正します。
(おまけ)ビジネスへの影響
コロナ以後の世界観について個人的な俯瞰を書いておく。
短期的には、ピークカットで共生をとった国と、封じ込めで根絶できた国で、世界が2つに別れるだろう。つまり、レッドゾーンの国と、グリーン・ゾーンの国だ。グリーンとレッドの間では、定期航空便は飛ばなくなり、行き来がむずかしくなるだろう。
必然的にグリーンとレッドは、国は別々の経済圏をつくることになる。いまのままだと、グリーンは中華経済圏(中国、台湾、シンガポール、香港)になる。レッドは、英国とEUだ。米国はどちらの政策をとるかは今はわからない。
レッドの国では、行動は抑制されつづけるので、数年のピークカット期間に耐えられず、クルーズ船やライブハウス、スポーツジムといったビジネスは、まるごと消えてしまうかもしれない。またレッド同士も基本的に入国を制限しあうだろう。
グリーン同士ではどうか?行き来は開放される。グリーン圏の経済は盛り返すだろう。
こう書くと、コロナを根絶しても鎖国するほかないから、あり得ないという反論も聞くが考えが逆である。コロナフリーのグリーン国が、レッド国からの入国を拒否するというのは、レッド国が封鎖されているという意味になる。逆なのである。
日本が早期にコロナを克服すれば未来は明るい。英国と行き来はできなくなるが、中国とビジネスができ、インバウンドも再開する。
※本節の続編を書きました。御興味がある方はぜひお読みください。
「集団免疫作戦が国際的孤立を招く。コロナ後の国境管理はどうなるかーあなたがまだ予想できてない未来図」https://medium.com/@bigstone/border-control-after-covid19-1bfcfe888999
<追記>
1.本エントリで示したものは四則演算だけを用いた単純なモデルであり、本来の免疫学のシミュレーションとは異なります。つまり、計算は正確なシミュレーションでもなく、あくまで雰囲気を掴んでいただくためのものとお考えください。したがって、本エントリのシミュレーション数字を正として引用するのは控えてください。
ただし、モデルが正確ではないからといって、本エントリの要旨自体はかわりません。医療のキャパは非常に低いことと、ピークカットで集団免疫が得られるまでの期間は長いこと。この2つが趣旨であり、結論はかわりません。
2.人工呼吸器に人工心肺装置(ECMO)を含めて数字を計算しなおしました。その結果医療キャパが0.88⇒0.96、ピークカット期間が39ヶ月⇒36ヶ月に修正してあります。
しかし、人工心肺って心臓手術とかにつかう特殊な装置という先入観で、まさか肺炎にも使われるとはおもっていませんでした。日本では、人工心肺まで動員したことで死亡率がおさえられているようです。23人が人工心肺をつかったそうです。というか、そこまで必要になるほど重篤化したんですね。(新型肺炎で重篤な患者 「人工心肺装置」使い過半数が回復へ)
<出典>
データは、いずれも公表されている最も一般的なデータを利用している。
・人工呼吸器およびECMO装置の取扱台数等に関する緊急調査の結果について
・WHO統計
・厚生労働省発表の重篤化比率データ
<補足>
このブログは、私の意見と全く同じものが書かれている。ロジック、推計方法、結論まで全て同じであり驚いた。はやかれ遅かれ、こういう結論に至るものだと理解した。これが刺激になり、私も本エントリを書いた次第である。論旨は一緒だが、米国での数字をつかって検証しているので、興味があるかたは一読をおすすめする。